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5号(最終)報告書

最終の報告書をブログに載せたいと思います。
2年間の自問自答に答えが出せず、日本へお持ち帰りです。

少しでも私の最後の葛藤が外の皆さんに伝われば・・・・と思って、ここに載せることにしました。最後のターム、フランシスのお父さんに言われた言葉は、今でも私の胸をグサッと一突きしたままです。それをどうにかこうにか、隊員以外の人に知ってもらいたいと思っています。

私に至らないところが沢山あったが故の結末なのです。
自業自得、自分の力不足なのです。
だけど、私がどうあがいてもどうしようもできない部分が根っこにはあって、隊員の努力では解決できないことがある・・・。

上手く伝わるかわかりませんが、もし、興味があれば、ご覧ください。




<活動結果>
 配属先であるナマガビビショップブラウン小学校の特別支援学級の運営に携わった。主に軽度から中度の知的障害、学習障害の子どもたち5~7人に対して、基本的な学習指導、作業学習指導、音楽、スクールガーデンの実施等の授業を展開してきた。
 ウガンダでは特別支援教育に対して依然として政策や法律が明確にされておらず、障害(とりわけ知的障害)のある子どもたちは適切な支援を受けられていない。そのような子どもたちに対して、2年間という限定的な時間であるが、学びの場を保障できたということに、私のボランティア活動に意味があったと考える。
 しかし、続かない自分の活動に意味があるのか、私自身も2年間自問自答し続けていた。任期終了間際、自身の帰国を子どもの親御さんに伝えた際、一人の父兄より「あなたの帰国後子どもたちはどうなるのか。子どもたちはまたドロップアウトしてしまう」と言われた。2年間子どもたちへ学びの場を提供できたこと、それに親御さんが感謝してくれたこと、子どもたちが健やかに育ったこととは別の次元で、続いていかない教育はゼロと同じ価値であると、この一件を通して痛感している。残念ながら、これが私の残した2年間の結果である。


<要請の妥当性>
 二代目ということもあり、配属先のボランティアの受入態勢は良いといえた。ボランティアがいるために、特別な支援が必要と思われる子どもを積極的に受け入れている印象もあった。特別支援教室の運営はボランティア一人に一任されていたため、自分のやりたいことに集中して取り組めた2年間であった。一緒に学級運営を行う同僚はいなかったが、先生の多くは私の活動に理解を示し、必要なときは助けてもらえた。
 (1)の活動結果にも記したように、限定的であるが2年という期間子どもたちへ教育保障が行えたという点で、この要請に意味はあったと思う。しかし、ウガンダ国内にまだ特別支援教育(特に知的障害に関して)を行う基盤が無い状況、また(それに起因していると思われるが)学級運営がボランティアに一任されていたという状況から、この要請が本当に妥当であったかどうか、ボランティアには判断しかねる。ただし、(1)の末尾のように、親御さんや子どもたちに対して、私の2年間の活動は非常に中途半端で無責任極まりないこと、続かない教育はゼロに等しいと感じていることを強く記しておきたい。


<活動結果の配属先による活用の見込みと今後の配属先への支援の必要性>
 私の帰国後、配属先で特別支援教室が機能する見込みは薄い。というのも、2年前の赴任時(さかのぼれば前任時)から特別支援教室をウガンダ人で運営する体制が整っておらず、ボランティアの存在に特別支援教室の運営自体が一任されていたからである。また、配属先は1200人を越える生徒に対し教員数は15人。特別支援教育はもとより通常学級を担当する教師の数ですら足りていない。私自身に配属先を巻き込む力と努力が足りなかったのは否めないが、配属先の状況を見れば、同僚を巻き込んで学級運営を行うことは難しかったと感じる。
 特別な支援が必要な子どもたちの教育保障を第一に考えるのであれば、今後も配属先への支援は絶対に必要である。ボランティア帰国後、特別支援学級の子どもたちが通常クラスへ適応できないことは明白である。ウガンダが国として特別支援教育へ取り組むまでは、前任時から続いている(100%マンパワーという)状況に変化が生じることはないと思われる。JICAが何を目的に特別支援教育分野にボランティアを派遣するのか、その目的次第で今後の支援のあり方や必要性は決まると考える。(1)および(2)にも記したが、続かない教育はゼロに等しいことを踏まえたうえで、今後の特別支援教育分野への支援を考えて、判断していただきたい。


<ボランティア経験について>
 この2年間の経験は私にとってとても有意義であり、これまでもきっとこれからも経験することのできない程の濃い時間であったと思う。日本で生活しているだけ、また、旅行で海外へ行くだけでは知ることのできないことが沢山経験できたと思っている。
 また、この2年間は、自分の今までを振り返り、これからの自分の人生を見つめ直すきっかけとなり、私にとって大きな節目であったと思う。今までの自分の人生では絶対に交わることが無かったであろう沢山の人との出会いがあり、色々な人に支えられ、これからも大切にしたいと思う人に囲まれていた2年間だった。
 このような貴重な経験を積めたことに対し、多くの人に感謝している。家族をはじめ、日本で待っていてくれる人たち、訓練所でであった多くの仲間、ウガンダで切磋琢磨した隊員たち、事務所の職員の方々、ウガンダで私の毎日を支えてくれていたウガンダの人たち、多くの人に囲まれ、無事に2年の活動を終えることができたと思っている。この感謝の気持ちを忘れず、ウガンダのことや協力隊のことを、多くの人に伝えていきたい。


<帰国後ボランティア経験を社会に還元または発信するための方法と計画>
 帰国後、2年間の活動を発表する機会に恵まれるのならば、積極的に参加していきたいと思う。大学時代、教育学部に在籍していたこともあり、現在教員を仕事にしている友人も多く、教育の場を利用してアフリカのことや協力隊のことを発信していけたらよいとも思っている。
 また、個人的に写真撮影が好きだったということもあり、2年間撮ってきた写真をどこかで展示し、日本の人たちにウガンダの景色や人たちのことを見てもらいたいとも思っている。
 しかし、特別な場を設けずとも、まずは自分の周りにいる人たちへ、自分の2年間がどのようなものだったかを伝え、理解してもらい、広い視野を持ってもらうことからはじめたいと思う。
その他@Uganda | CM(4) | TB(0) 2012.06.13(Wed) 11:05

最終日@Bishop Brown

無事に任地からの引き上げも終わり、現在首都のドミトリー生活。
事務所の公式な行事があった関係で、仲良しの隊員も多いドミトリー。
だけど、なんとなく、いつもと違う。心がふわふわしている。
帰る場所が無い・・・・そんな感じ。

とまぁ、最終日の話にもどりましょう。

最終日、以前から最後の日も、いつもと変わらない授業をして、いつもと変わらないでいようって決めてた。だから、朝も朝の会から始まるし、授業もいつもどおり始まるし、いつもと変わらないマミでいようと、そう思ってた。

月曜日、お決まりの全校集会。集会の最後に校長先生が私が日本に帰ることをみんなに言った。みんなの前で挨拶した。だけど、あまり実感わかない。本当に今日、ここを離れるのかな~・・・・っていう、なんともいえない不思議な気持ち。

全校集会が終わって、いつもどおり授業を始める。
朝の会でいつも歌う『おはようの歌』。歌ってたら、涙が早々に出てきてしまう・・・・。
毎日、私の名前を元気に呼んでくれてありがとう。

最後の音楽。
DSC_0347.jpg
リズムを教えるのに苦労したなぁ。だけど、結局は楽しいようにたたいてくれ!っていう感じになったんだっけね。音楽、短い時間だけどやるようになって、メリハリがついたね。次の課題への移行もスムースになったね。みんないい子になったね。楽しそうに毎日やってくれてありがとう。

最後の歯磨き。
DSC01359.jpg
ぐらぐらしている乳歯を、私が抜きました。毎日毎日、歯磨きするよって言うと、おちんちんおさえたね(笑)嫌なことやってごめんね。毎日、歯磨きのせいで泣いたね(笑)でも、歯がきれいになって、うがいして、顔洗ったら、毎日見違えるほど笑顔が素敵になったんだよ。

最後のライティングの時間。
DSC_0377_20120613034311.jpg   DSC_0391_20120613034310.jpg
上手く出来なくて、真面目に取り組まなくて、何回マミに怒られたんだろうね(笑)そのおかげもあって??、みんな自分の与えられた課題に、黙々と取り組めるようになったね。沢山褒めてあげられる部分ができたね。最後の花丸は、2年間ありがとうの花丸だよ。

最後の作業学習。
DSC_0416.jpg
大好きなイスマ。一緒に一つずつ、ステップアップしたね。やりたくないことだったかもしれないけど、前向きに取り組んでくれてありがとう。


最後の帰りの会。
「私は明日、学校に来ないよ。明日は私と勉強しないよ。じゃあ、誰と勉強するんだっけ?」って、子どもたちに聞いた。

私が居ない日は、P1のマダムクリスのところで一日を過ごすことになっていて、毎回こうやって聞くと子どもたちは決まって「マダム・クリス」って答える。
だから、この日も「マダム・クリス」って答えるって思ってた。

だけど、子どもたちは・・・・・
「マミー!!!!」って、元気良く答えてくれた。
ただの間違いなんだって、分かってる。だけど、このタイミングで、こんな元気に「マミー」って言われたら、どうしていいか分からないよ。我慢してた涙が、ぐわーーーーーってあふれ出てきた。

そして、みんなにプレゼント。
以前作っていたクラフトの売り上げで、家政隊員にお願いしてナップサックを作ってもらったのです。その中に、クラフトの売り上げで買った文具をつめて、2年間使い続けた教材を入れて、一人ひとりに手渡ししました。
DSC01374.jpg   DSC01379.jpg

さえちゃん、かわいいナップサックをありがとう。

みんなで最後の記念撮影。
DSC01384.jpg

2年間、沢山叱ったね。
2年間、沢山笑ったね。
2年間、本当に、沢山の出来事があったね。

2年間、いっぱいいっぱいありがとう。
みんなのことが、大好きです。今までも、これからも。ずっとずっと。
忘れないよ、ずっとずっと。
Bishop Brown P.S | CM(0) | TB(0) 2012.06.12(Tue) 22:53

かきあげを作る。

最後の週末@カユンガ。
片づけを土曜日に済ませて、日曜日にご近所先生にくばるかきあげを作る。
そんなプラン。

そして、大助かりのヘルプが、ルウェロ県から二人も!!
仲良しのみっきーといずみちゃんが来てくれました。

片付けは・・・・なんとなく終わって、もうやだー・・・・となる。
お決まりですね。

日曜日の朝、片付けをしていたところ、P6の寮生メンバーが私の元へ、プレゼントを持ってやってきました。彼ら、自分の大切なお金を少しずつ出し合って、私のためにこの籠を買ってくれたようです。私、正直言って寮の子どもたちと仲良くしてこなかった。そんな私なのに、こうやって「寂しくなるよ」っていってくれる子どもたちがいることが、涙が出るくらい嬉しい。
DSC01356.jpg

そして、料理開始。といっても、大半をやってくれたのは、みっきーといずみちゃん。
その時間7時間・・・・・ひたすら揚げ物・・・・。本当にありがとう。です。

先生たちに配った日本食は、まずまず好評で、「どうやって作るの?」って聞いてくれたり、「美味しかったよ。」っていってくれたり、食に目の無いウガンダ人には、とても好評なプレゼントだったようです。

一緒に作ってくれた二人に感謝感謝です。
日曜日の夜、夜中の11時過ぎまで、片付けをして・・・・・・
最後のゴミを燃やしていたら、籠をプレゼントした子どもたちが来て、手伝ってくれた。
キレイにゴミを灰にしてくれました。手馴れたものです。
みんな良い子すぎて、あまった掻き揚げと、いらなくなった文房具をこっそり特別にあげちゃった。
こういう、見返りの無い優しい心を、どうか大人になってもなくさないでほしいな。

12時ごろ布団に入って、「あー、これがねずみにおびえて、ゴキブリのかさかさで目がさめて、そんな夜もこれで最後かー・・・・」と思うと感慨深くて、眠れないかと思いきや、案外すぐ寝られて・・・・でも、目覚めはすごく早くて、月曜日、朝の5時半から目が覚めた。

最後の授業。
最後の活動。

大好きなみんなと、さよならする日。
毎日@Uganda | CM(0) | TB(0) 2012.06.11(Mon) 21:43

授業あれこれ

最後の金曜日が終わってしまった。
最後の1週間、いつもと変わらない毎日で、本当に来週は授業しないのだろうか?と、実感がわかないのです。
でも、やっぱり節々で涙が出てきてしまいそうになるのは、少しずつ、日本へ帰ることを実感し始めているのかもしれないね。

さて、授業してますよ、まだ!
ということで、授業の写真アップします。

フランシス。コレはライティングの授業の時間。
DSC_0297_20120609034047.jpg   DSC01312.jpg

1年半前、私の元へやってきたとき、彼はものの分類、色と形でものを判別して分類することすらできなかった。それが、少しずつ少しずつ、ステップアップして、1年半たった今、彼は前にあるアルファベットを見ながら、自分のノートに模写できるようになったのです。
彼がこの1年半で身に付けた力、是非失わないでほしい。彼を見ていて、やっぱり思う。幼少期のスタートがとても大切で、沢山吸収できる年齢を逃してはいけない。彼の成長を間近で見られて、一緒に成長できて、本当に幸せだと思ってる。

これは、マダムまみに叱られて、本気で「ごめんなさいぃぃぃ」中のハリエット。笑
DSC_0304.jpg

これは、イスマの麻痺のある左手、特に指に力をいれる練習として取り入れた洗濯物干しごっこ。ずるして楽な右手を使っちゃうから、右の袖に洗濯ばさみをつけて、そこから一つずつはずすっていう肯定を考えてみた。
DSC_0295.jpg

今まで意識してなかった体の部分を動かすと、自分のボディイメージにも繋がるし、そこから動かすために必要な筋肉も脳も少しは活性化されていくよね。使わなかったら、やっぱりそのままだし。

こんなふうに、私の教室では子どもたちは自分の席に座っています。
朝のライティングの時間。      昼前の作業学習の時間。
DSC01339.jpg    DSC01346.jpg

自分の名前が机に張ってあって、座る場所が決まってるの。
毎朝の名前カードと机の名前で、2年間も見てきたから、自分の分も友達の分も、子どもたちは覚えられたね。
何にびっくりって、いつの間にかハリエットがみんなの名前を識別できるようになってたこと。一枚一枚、フラッシュカードみたいにして見せたら全員の名前が言えるようになってた。






とまぁ、こんなふうに授業するのも、月曜日が最後なわけで・・・・・。

写真を撮っても撮っても、足りないような気もするし、同じような写真が沢山並んでしまって、もういらないのかもしれない・・・って思ったりする。
でも、撮らずにはいられないのは、ここを離れた後、見返して、ここでの毎日を思い出すきっかけがほしいから。なのかも。写真に残っていれば、その一瞬は覚えていられるから。かもね。
Bishop Brown P.S | CM(0) | TB(0) 2012.06.08(Fri) 21:47

ふぇあうぇるぱーてぃ@Bishop Brown

今日、配属先の学校で、フェアウェルパーティをしてくれました。
DSC01323.jpg

タームの始まりに、校長先生がやりますよ~って公言していてくれてて、その時、「おまり大袈裟にしないでほしい。みんなの気持ちはとても嬉しいけれど、大きければ大きいほど、ここを離れるのが辛くなるし、泣いてしまうから・・・」ってマダムにお願いしておいた。
だから、いつもより豪華なランチをスタッフのみんなで食べて、校長先生、教頭先生、私から軽いスピーチ、という簡単なもの。

DSC01324.jpg     DSC01325.jpg
やわらかいチキンのトマト煮と、大好きなGナッツソースにマトケ~☆

始まる前、同僚の先生でハリエットの叔母さんから、プレゼントをいただきました。
それから、P1のいつもお世話になっているマダムからもハンカチをいただきました。

教頭先生のスピーチを聞いていたら涙がやっぱり出てきて、とっさにマダムがくれたハンカチを渡してくれた。笑
ナイスなチョイスのプレゼント。笑

とりあえず、みんなに同期でブルキナファソからのふりかえのせいちゃんが作ってくれたボールペンと写真を渡したら、すっごく喜んでくれて。よく知らないけど、今週から突然先生の数が増えて、ぜんぜんお世話になっていない先生(4人も!!)にもボールペンを配らなければならなくなって・・・・まぁ、いいんだけど、安くもないし、なんだか納得いかない・・・・・笑


教頭先生が、障害のある子どもたちにどういう教育をしていいかわからない、今の現状では、ウガンダでは難しい、だから日本人のボランティアが必要なんだって、言ってた。全く持ってそうだと思う。どうにかしたいけど、どうにもできないんだよね。今見ている子どもたち以外でも、障害のある子どもたちの親御さんはお願いしにくるし、断らざるを得ない状況に頭を抱えてるって。

私一人がもがいても仕方が無い、もっともっと根っこのところで大きな問題があるんだよ。だから、一言で、一緒に教室運営をしてくれる先生がいないっていうこと、配属先が悪いんだって攻めることなんて、出来ない。こうやって、悩んでいること自体、私はすごいことだと思う。そして、そういう子どもたちを少なからず受け入れていること自体が、実は凄いことなのかもしれないよね。

私がいなくなって、どうしようか、もっと頭を抱えて、悩んでほしい。
そして、近い将来、ウガンダの特別支援教育が、大きく変わっていくことを願うばかり。


会が終わった後、たまたま、ウガンダの赤十字が学校に来て、マンゴーの木を寄付していきました。
一本一本名前が付くようで、植えたその人が名付け親になるのだそう。
ということで、私も一本植えさせてもらったのです!運がいいね!!
そして、「マミの木」と名づけられました。

DSC01331.jpg

私の木のそばには、教頭先生の木が植えられています。

手前が私の木。奥が大好きな教頭先生の木。
DSC01334.jpg

マミがいなくても、私のそばにあれば私が守るわよ!
絶対からせないからね!って。涙がでます。
この木がすくすく育って、大きくなった頃、またウガンダに来たい。そう思う。


そして、今日の最後、家にある色々なものの処理について教頭先生に提案。
そうしたら・・・・
教頭先生、「月曜日なんてまだ先なような気がするのに・・・・・」って、泣いてくれた。
フェアエルが始まる前、「泣いたらダメよ!人が亡くなった時にしかウガンダの人は泣かないんだから!」って、私に言い聞かせてたのに、そんな教頭先生が泣いてくれた。もう、泣き虫の私が泣かない訳無いじゃんね。笑

本当に、帰るんだなぁ、日本に。
Bishop Brown P.S | CM(0) | TB(0) 2012.06.07(Thu) 20:05
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6月下旬から青年海外協力隊の養護隊員として2年間ウガンダへきています!Kayunga県Kayunga, Namagabi Bishop Brown Primary schoo, special needs classで活動中!

好きなことは、お裁縫・写真・旅行。
好きになりたいことは、読書、勉強。

ウガンダでの日々の様子を記録していきます。私の生存確認の意味をこめて!

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